ビルの屋上に吹く風は、街の喧騒を忘れさせるほど静かだった。
yunaはその場所にひとり、立っていた。
22歳。都内の大学に通いながら、仲間と借りたレンタルルームでダンスの練習に明け暮れる日々。
だけど今日は、約束の時間より少し早く着きすぎてしまったらしい。
僕はというと、そのビルの少し離れた階段の踊り場から、彼女の姿をただ見つめていた。
……もちろん、すべて妄想の中の出来事だ。
でももし、あと一歩近づけたら。あと少しだけ、勇気があれば。
yunaのスカートが、風にふわりと舞った。
街を見下ろすようにして屋上の端に立ち、手すりに軽く寄りかかっている彼女。
その横顔はどこか遠くを見つめていて、風に揺れる髪とスカートが、まるで映画のワンシーンのようだった。
ふくらはぎまでの丈のスカート。だけど、その裾が思いのほか軽やかに舞い上がる。
目を奪われた。
太陽に照らされた白い太ももが、ふとした瞬間に覗いてしまう。
けれど、yunaはそれを気にする様子もない。むしろ自然体で、風に身を委ねているように見えた。
「…無防備、なのか。それとも…」
僕の心の中に、抑えがたい衝動が波のように打ち寄せる。
見てはいけないものを見てしまったような罪悪感と、もう目を逸らせないという興奮。
その狭間で揺れながら、僕はただ、彼女の背中を見つめ続けた。
彼女はスマホを取り出し、しばらく画面を見つめていた。
音楽アプリを開いているのか、それともダンス動画でも見ているのか。
時折、指が軽やかに動き、何かを探しているようだった。
そういえば彼女は、YouTubeで偶然見つけた海外のガールズグループのダンスに憧れて、踊り始めたんだった。
「最初は真似からだったけど、気づいたら自分でも踊りたくなってて」
そう笑っていたのを思い出す。
再び風が吹き抜ける。
スカートの裾が舞い上がり、今度は下着の端がかすかに覗いた。
それでも彼女は、何も気づかぬふうに、じっと立ったままだった。
わざと、なのか。
それとも、本当に気づいていないのか。
その答えは、彼女の背中からはわからなかった。
ただ一つ確かなのは、僕の視線が彼女から離れなかったということ。
どこかで、車のクラクションが鳴った。
その音に気づいたのか、yunaがふと振り返った。
僕のいる階段の方ではなく、遠くの街を眺めるように、ゆっくりと顔を動かしただけだった。
だけどその一瞬、彼女の瞳が夕焼けに照らされてきらめいた。
「ねえ、今…誰か、見てる?」
そう言ったような気がした。
もちろん、声など届くはずもない。
それでも、その無防備な姿に、どこか挑発的なものを感じたのは、きっと僕の妄想が暴走していたせいだ。
時間が来たのか、yunaはスマホをしまい、髪を後ろでまとめ直した。
そして、軽やかな足取りで階段の方へと歩き始める。
そのスカートは、最後の一吹きでふわりと宙を舞い、もう一度だけ太ももを覗かせてから、彼女の動きに合わせておさまっていった。
階段を下りながら、僕は胸の奥に熱を残したまま、そっと深呼吸した。
…きっと、彼女は気づいていた。
だけど何も言わずに、ただ風に任せていただけ。
それが彼女の優しさだったのか、それとも、誘いだったのか。
答えは、やっぱり風の中にしかなかった。