夕暮れ前の屋上は、まるでこの世から切り取られた秘密の空間のようだった。
都内の大学に通う22歳のyunaは、今日も仲間とのダンス練習の前にひとり、少し早くその場所に来ていた。
コンクリートの熱気はまだ残っていたけれど、風はやさしくて、ビルの隙間から流れ込む夕風が心地よかった。
彼女はゆっくりとフェンスに近づき、街を見下ろす。
眼下には、せわしない時間を刻むように人や車が行き交い、だれも彼女の存在になど気づかない。
それがむしろ、心地よかった。
――yunaは、知っているのだろうか。
このビルの向かいに立つ、古びた建物の屋上にひとり佇む男の存在を。
その日も、僕はいつものようにカメラを持って屋上へ上がった。
街を撮るでも、夕陽を撮るでもなく、ただ…そこにyunaがいるかもしれないという期待だけで。
「いた…」
彼女はフェンスにもたれ、髪をかき上げながら、ふっと風を受けていた。
白いブラウス、淡いスカート。
それだけで十分に絵になるけれど、今日の彼女はどこか違って見えた。
そっと胸元に指を伸ばし、視線を周囲に滑らせる。
人の気配がないことを確認したあと、yunaは、ゆっくりと胸元を開いた。
――見せつけるように、ではない。
けれど、まるで「見られてもいい」とでも思っているかのように、無防備に、自然に。
風がふわりと舞い、彼女の長い髪を持ち上げる。
そして、襟元から覗く柔らかな谷間。
その一瞬の輝きに、僕の鼓動は強く跳ねた。
yunaは、自分がどれだけ艶やかで美しいかを、たぶん知らない。
それとも知っていて、ただ誰にも気づかれないことに、ほのかな興奮を感じているのか。
彼女の指先が、胸元にかかるブラウスのボタンを軽く触れる。
けれど、それ以上は開けない。
ただ、胸の奥に秘めた何かを、少しだけ風に預けるように、そっと…。
その姿を見ていると、僕の妄想はどんどん広がっていく。
――もしも、あの屋上に僕がいて、彼女がそのままこちらを振り返ったら?
――もしも、彼女のその手が、さらにもう一つボタンを外したら?
――もしも…目が合ってしまったら?
その“もしも”に溺れていく。
ふと、yunaが空を見上げた。
少しだけ笑ったように見えたのは、気のせいだろうか。
彼女の胸元がまた風に揺れ、白い肌がちらりと見える。
その一瞬のきらめきが、やけにまぶしくて、僕はシャッターを切ることも忘れてしまった。
ただ、見ていた。
ただ、彼女という存在の“美しさ”に、圧倒されていた。
yunaはやがて、風が落ち着いたのを感じ取ったのか、そっとブラウスの襟を整える。
谷間は再び隠れ、その肌も、やさしく光から守られていく。
そして、ゆっくりとその場を離れた。
静かになった屋上に、僕だけが取り残される。
けれど、胸の中にはまだ、風の感触と、あの一瞬の輝きが残っていた。
それは、恋とは違う。
でも、ただの欲望でもない。
もっと曖昧で、もっと甘美で、もっと残酷なもの。
――妄想という名の、逃げ場のない現実。
今日もまた、僕は彼女に恋をしてしまった。
それが現実でなくても、
彼女が見ていない場所で、
彼女を見つめてしまう自分に、抗えないまま。