昼下がりの都会の空に、静かな風が吹いていた。
高層ビルの隙間を縫うように流れるその風は、屋上階段に腰を下ろした彼女の髪を、そっと揺らしていく。
彼女の名前はnana——もちろん、本当は知らない。ただ、展示会で一度すれ違っただけの女性。けれど、なぜだろう。彼女のネイルの色まで、今も鮮明に思い出せる。
白いブラウスの胸元が少しだけ開き、日差しがやわらかくその肌に触れていた。
風は悪戯のようにスカートの裾を揺らし、彼女の太ももをほんの少しだけ覗かせる。
その瞬間、時間が止まったような気がした。
ひとりきりの空間。けれど、彼女はまるで誰かに見られていることを、どこかで感じているかのように、どこか艶やかな仕草で足を組み直した。
「……もしも、あの風になれたら」
胸元の奥へ、スカートの中へと、さりげなく潜り込んでいく風。
俺の妄想もまた、彼女の肌を撫でるように、静かに、けれど確かに膨らんでいく。
nanaは、小さく息をついた。
まるで、心のどこかが疼いたように。
彼女は出張中だと聞いた。レンタルルームを予約して、「ZOOM打ち合わせ」の予定だと。
でも——本当にそれだけだろうか。
今この瞬間、誰もいない部屋で、ひとりで淫らなことをしているかもしれない。
そう思わせるほど、彼女の佇まいは艶やかだった。
名前も知らない。言葉を交わしたこともない。
でも、風の中でふと見せたあの表情が、ずっと頭から離れない。
それは、誰にも見せない“女”の顔だった。
…そして俺はまた、勝手に想像する。
あの白いブラウスの下にある素肌を。
あの脚の奥にある秘密を。
風が運んだ、ひとときの妄想——
それだけで、胸が熱くなる午後だった。