あの夜のことを、今もはっきり覚えている。
合宿で訪れた古民家。
練習が終わり、みんなが外に出ている時間、
俺は偶然、廊下の先の襖越しに彼女を見かけた。
yuna。
大学生。
いつも明るいのに、そのときだけは妙に静かだった。
畳に正座した彼女が、浴衣の襟を直しながら髪を耳にかける。
それだけの仕草なのに、胸の奥がざわついた。
窓から入る風で浴衣の裾がふわりと揺れ、
膝のあたりから素肌がこぼれる。
その白さに目が慣れるまでの数秒が、やけに長かった。
見てはいけないと思いながらも、視線が離れなかった。
彼女は誰もいないと思っていたのだろう。
鏡の前で小さく笑って、指で髪を整える。
その横顔に、柔らかな灯りが落ちていた。
まるで、心の奥の何かをそっと誘い出すように。
「もし、あの人が来たら……」
そんなふうに呟く唇が、わずかに震えていた。
その瞬間、俺の胸の奥で何かが弾けた。
もう、ただの見知らぬ学生じゃなかった。
目の前にいるのは、確かに“女”としての彼女だった。
畳の香り、浴衣の糸の音、
そして遠くで鳴る虫の声までもが、
ひとつの情景を描いていた。
彼女がふと目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
その穏やかな呼吸に合わせて、灯りが揺れる。
ほんの少しの沈黙のなかで、俺は確信した。
この時間は、もう後戻りできないほどに甘い。
そして、それを壊したくないほどに美しい。
現実では、何も起きていない。
けれど心のどこかで、
あの浴衣の裾が今も風に揺れている。