午後の展示会は、なぜか上の空だった。
名刺交換の数もそこそこに、彼とまた話すことばかり考えていた。
こんなこと、地元ではなかった。
誰かと出会い、心が揺れて、期待なんて抱いてしまうなんて。
午後3時すぎ。
「打ち上げまでまだ時間があるし、少し休もう」
nanaは、宿泊しているホテルへと戻った。
薄暗い廊下を抜けて、カードキーで部屋を開ける。
外の騒がしさが、ドアの内側でぴたりと消えた。
一人きりの空間。
なのに、胸の中はざわざわと波立っていた。
ベッドの上にバッグを投げ出し、制服のように整った服を脱ぐ。
キャミソール、スカート、下着——すべてを、音も立てずに。
エアコンの風が肌に触れる。
身体中が、やけに敏感になっている。
鏡の前を通りすぎると、自分の裸が映った。
照れくさくて、でもどこか嬉しくて、nanaはベッドの端に腰を下ろした。
きっかけは、ほんの小さな妄想だった。
さっきの彼が、笑って「似合ってますね」と言ってくれたときのこと。
あの声、あの目線。
もし、あのまま「二人だけで飲みませんか」なんて言われていたら——?
想像が広がるたびに、身体が熱を帯びていく。
胸をそっと撫で、指先をなぞらせる。
やがて手は、脚の間へと自然に動き出していた。
「……んっ」
誰にも聞かれないはずなのに、声がこぼれる。
静かな部屋のなか、nanaの息遣いだけが響いている。
ベッドの上、まっすぐ仰向けになり、目を閉じる。
頭の中には、彼の笑顔が浮かぶ。
唇が、指が、あの人のものだったら——。
腰が浮いて、背中が反る。
裸の身体がベッドにきしみ、シーツが肌にまとわりつく。
「あっ……だめ……」
指の動きが速くなる。
胸を押さえる手にも力が入る。
想像と快感が混ざり合って、どこかへ連れて行かれそうだった。
そして、ふっと、身体の芯が弾けた。
しばらく、そのまま動けなかった。
天井を見つめながら、乱れた呼吸を整える。
「何やってるんだろ、私……」
だけど、不思議と後悔はなかった。
素直な気持ちに従っただけ。
ずっと、誰かのために「いい子」でいようとした自分から、ほんの少し自由になれた気がした。
スマホが震えた。
彼から、LINEの通知。
《お店、駅近くのイタリアンになりました。無理せず、気軽に来てくださいね》
nanaは、微笑んだ。
そっと起き上がり、服を手に取る。
夕暮れに向けて、また街へ出る準備をしながら、彼の名刺を、もう一度だけ見つめた。
名前を呼ぶには、まだ早い。
でも、妄想の中なら、何度でも——。