部屋の壁時計が、静かに2時間の終わりを告げていた。
その針の音は、まるで心の奥の余韻を急かすかのように、一定のリズムで響く。
今日も、この小さなレンタルルームは、ruriにとっての特別な舞台だった。
繁華街の片隅。人の流れから少し外れたビルの5階。
防音の効いた完全個室。外界から切り離された、時間の檻。
制服のブレザー、白いシャツ、プリーツスカート――
それらを身にまとうと、現実とは違う”誰か”に変わることができた。
さっきまでの2時間、ruriはその世界の中にいた。
スカートの裾を指でつまみ、鏡の前で小さく回ってみたり、
ボタンをひとつずつ外しながら、わざとゆっくりと肌を露わにしたり。
自分自身を撮るシャッター音が、心の奥をくすぐる。
ここでは誰も彼女を止めない。
誰かに見せるためじゃない。
ただ、自分のためだけに演じる――そんな時間。
だけど、終わりは突然やってくる。
更衣スペースの前で、制服姿の自分を映す姿見に視線を落とす。
「…そろそろ、戻らなきゃ」
その小さなつぶやきが、部屋の中で吸い込まれていく。
ブレザーを脱ぐと、ほんの少しの冷たい空気が肩を撫でた。
シャツのボタンを上から順に外していく。
生地の感触が肌から離れるたびに、
この非日常が指の間からこぼれ落ちていくような気がする。
下着姿になったruriは、スカートのファスナーをゆっくり下ろした。
足元へと滑り落ちた生地を拾い上げ、丁寧に畳む。
制服という仮面を外すたび、鏡の中には”ただの自分”が現れる。
その瞬間、胸の奥がほんの少しだけ締め付けられた。
「また、つまらない日常に戻るんだな…」
私服のワンピースに袖を通しながら、ruriは小さく息を吐いた。
外に出れば、繁華街の喧騒。
人混みに紛れ、誰も自分に気づかない日常の波。
けれど、この部屋にいる間だけは違った。
制服を着たruriは、現実の自分じゃない。
可愛さも、大胆さも、少しの背徳も――全部この空間に残していく。
着替え終わってバッグを肩に掛けたとき、
さっきまで自分の体温を吸っていた制服が、
畳まれたまま机の上で静かに横たわっていた。
その生地に触れると、まだほんのり温かい。
まるで、「まだここにいてもいいよ」と囁かれているようで、
手を離すのが惜しくなった。
でも、扉の向こうには現実が待っている。
名残惜しさを胸に押し込め、ruriは部屋の電気を消した。
薄暗い中で制服がぼんやりと浮かび上がる。
「また来るね」――
そう心の中で呟き、静かにドアを閉めた。
階段を降りると、外の空気が一気に肌を包む。
ネオンの灯り、行き交う人々、車の音。
この世界の中で、自分だけが小さな秘密を抱えている――
そんな感覚が、ruriの胸をほんの少し温めた。
制服を脱いだあとに残る温度は、まだ消えていない。
それは、次にこの部屋を訪れる日まで、ruriの中で静かに燃え続けるのだった。