mikiは地方の中小企業で働く26歳の事務職。
口数は少なく、職場では「真面目で丁寧な人」と評されている。
けれど僕は、一度だけ街角ですれ違ったそのとき、彼女の横顔に妙に惹きつけられた。
黒髪の揺れ方や、伏せられたまつ毛の影が、忘れられない。
ただすれ違っただけの女性に、なぜここまで想いを重ねてしまうのか、自分でもわからなかった。
彼女は、東京に住む元彼から「久しぶりに会いたい」と突然のメッセージを受け取った。
その一言で、彼女の中の何かが揺らぎはじめる。
遠いはずだった東京の街へ、mikiは週末を使ってひとり向かった。
少しだけおしゃれをして。
少しだけ、期待して。
だけど彼は、約束の時間に現れなかった。
ホテルの部屋は、静まり返っていた。
薄いカーテン越しに、遠くのネオンがかすかに揺れる。
mikiは一人、ベッドに横たわっていた。
ワンピースのまま、仰向けになり、視線は天井に投げ出されたまま動かない。
片手はスマホの上で止まり、未読のままのメッセージを見つめている。
そのまま、右手がスカートの上にそっと降りた。
何かを押さえるように、そっと。
撫でるように、ゆっくりと。
肌の上ではなく、布の上から。
ワンピースと下着、重なったその下にある自分の感覚に、mikiは無言のまま入り込んでいく。
何かに突き動かされたわけじゃない。
ただ、身体の奥に溜まっていた熱が、自分の手でしか触れられない場所に流れ込んでいっただけ。
誰かに触れてほしかった。
でも、それが叶わない夜なら、自分で埋めるしかなかった。
目を閉じたまま、指先はスカートの上からゆっくりと動く。
すこし、擦れる音。
呼吸がかすかに揺れて、mikiは自分の手に集中していく。
服越しなのに、なぜこんなにも感じてしまうんだろう。
もしかしたら、彼が見ているかもしれない——そんな妄想が、さらに熱を呼び起こしていく。
彼の手じゃなく、自分の手。
でも、心の奥では、彼のぬくもりをなぞっていたのかもしれない。
腰が少しだけ持ち上がる。
呼吸が浅くなっていく。
声は出さない。
けれど、スカートの下はすでにじんわりと湿りはじめている。
ふと目を開けた。
スマホの画面が、枕元に置いたまま光っていた。
誰かから通知が来ていたわけじゃない。
ただ、画面が点灯しているだけ。
それでも、それを見ていると誰かに「見られている」ような錯覚に陥る。
見せたくなんてないのに。
でも、見てほしいとも思ってしまう。
そんな矛盾が、mikiの中で切なさを際立たせていく。
布の上から何度も擦るたび、心まで濡れていく気がした。
ひとりなのに、誰かと繋がっているような錯覚。
孤独と快感の境界線が曖昧になっていく。
どれくらいそうしていただろう。
やがてmikiは手を止め、静かに息を吐いた。
体温がほんのりと下がっていく。
ベッドのシーツの温もりだけが、現実に引き戻してくれる。
(……私、バカみたい)
そう思った。
でも、心の奥では、なぜか少しだけ満たされていた。
脱がずに、感じるということ。
自分自身と向き合う時間。
それはただの自慰行為ではなかった。
この夜を、無意味なものにしないための、ささやかな救いだった。
mikiはゆっくりと体を丸めた。
ワンピースの裾をなおし、スマホをもう一度手に取る。
彼からのメッセージは、既読のまま更新されていなかった。
画面を閉じ、目を閉じる。
まぶたの裏に残っているのは、今さっきまで感じていた熱と、彼の記憶。
遠くで救急車のサイレンが通り過ぎていった。
東京の夜は、何事もなかったかのように流れていく。
でも、ベッドの上で濡れていた彼女の夜だけが、静かに確かに、熱を残していた。
これは、“ある中年男の妄想”だ。
ただの妄想に過ぎない。
けれど、あの子がひとり、そんな夜を過ごしていたかもしれないと思うと、どうしても目を逸らすことができなかった。
妄想は、現実よりも時にリアルで、時に残酷で、そして美しい。