[miki 妄想#002] 会えなかった夜、服の上から濡れていく

mikiは地方の中小企業で働く26歳の事務職。
口数は少なく、職場では「真面目で丁寧な人」と評されている。
けれど僕は、一度だけ街角ですれ違ったそのとき、彼女の横顔に妙に惹きつけられた。
黒髪の揺れ方や、伏せられたまつ毛の影が、忘れられない。
ただすれ違っただけの女性に、なぜここまで想いを重ねてしまうのか、自分でもわからなかった。

彼女は、東京に住む元彼から「久しぶりに会いたい」と突然のメッセージを受け取った。
その一言で、彼女の中の何かが揺らぎはじめる。
遠いはずだった東京の街へ、mikiは週末を使ってひとり向かった。
少しだけおしゃれをして。
少しだけ、期待して。

だけど彼は、約束の時間に現れなかった。

ホテルの部屋は、静まり返っていた。
薄いカーテン越しに、遠くのネオンがかすかに揺れる。
mikiは一人、ベッドに横たわっていた。

ワンピースのまま、仰向けになり、視線は天井に投げ出されたまま動かない。
片手はスマホの上で止まり、未読のままのメッセージを見つめている。

そのまま、右手がスカートの上にそっと降りた。
何かを押さえるように、そっと。
撫でるように、ゆっくりと。

肌の上ではなく、布の上から。
ワンピースと下着、重なったその下にある自分の感覚に、mikiは無言のまま入り込んでいく。

何かに突き動かされたわけじゃない。
ただ、身体の奥に溜まっていた熱が、自分の手でしか触れられない場所に流れ込んでいっただけ。
誰かに触れてほしかった。
でも、それが叶わない夜なら、自分で埋めるしかなかった。

目を閉じたまま、指先はスカートの上からゆっくりと動く。
すこし、擦れる音。
呼吸がかすかに揺れて、mikiは自分の手に集中していく。
服越しなのに、なぜこんなにも感じてしまうんだろう。
もしかしたら、彼が見ているかもしれない——そんな妄想が、さらに熱を呼び起こしていく。

彼の手じゃなく、自分の手。
でも、心の奥では、彼のぬくもりをなぞっていたのかもしれない。

腰が少しだけ持ち上がる。
呼吸が浅くなっていく。
声は出さない。
けれど、スカートの下はすでにじんわりと湿りはじめている。

ふと目を開けた。
スマホの画面が、枕元に置いたまま光っていた。
誰かから通知が来ていたわけじゃない。
ただ、画面が点灯しているだけ。
それでも、それを見ていると誰かに「見られている」ような錯覚に陥る。

見せたくなんてないのに。
でも、見てほしいとも思ってしまう。

そんな矛盾が、mikiの中で切なさを際立たせていく。
布の上から何度も擦るたび、心まで濡れていく気がした。
ひとりなのに、誰かと繋がっているような錯覚。
孤独と快感の境界線が曖昧になっていく。

どれくらいそうしていただろう。
やがてmikiは手を止め、静かに息を吐いた。
体温がほんのりと下がっていく。
ベッドのシーツの温もりだけが、現実に引き戻してくれる。

(……私、バカみたい)

そう思った。
でも、心の奥では、なぜか少しだけ満たされていた。

脱がずに、感じるということ。
自分自身と向き合う時間。
それはただの自慰行為ではなかった。
この夜を、無意味なものにしないための、ささやかな救いだった。

mikiはゆっくりと体を丸めた。
ワンピースの裾をなおし、スマホをもう一度手に取る。
彼からのメッセージは、既読のまま更新されていなかった。

画面を閉じ、目を閉じる。
まぶたの裏に残っているのは、今さっきまで感じていた熱と、彼の記憶。

遠くで救急車のサイレンが通り過ぎていった。
東京の夜は、何事もなかったかのように流れていく。
でも、ベッドの上で濡れていた彼女の夜だけが、静かに確かに、熱を残していた。

これは、“ある中年男の妄想”だ。
ただの妄想に過ぎない。
けれど、あの子がひとり、そんな夜を過ごしていたかもしれないと思うと、どうしても目を逸らすことができなかった。
妄想は、現実よりも時にリアルで、時に残酷で、そして美しい。