「……会いたかったな」
薄暗いホテルの部屋。ベッドの上で仰向けになったmikiは、スマホの画面をじっと見つめていた。
東京にいる元彼から届いた「久しぶりに会いたい」というメッセージ。あれがきっかけだった。仕事を調整し、ちょっとだけおしゃれをして、ひとり新幹線に乗った。それは、彼からの「もう一度」を期待したわけではない。ただ、何かが変わるかもしれない、そう思っただけだった。
だけど、彼は来なかった。
「ごめん、仕事が長引いてて」
そんな短いメッセージが届いたのは、待ち合わせの時間を30分過ぎたころだった。
気づけば、服の上からスカート越しにそっと触れていた自分の指先。まるで彼に撫でられているような錯覚。そのままの姿で、目を閉じて、静かに震える身体を受け入れていた。
——それが、あの夜。
*
あれから数時間が経っていた。
シャワーも浴びず、ワンピースも着替えないまま、mikiはベッドに体をうずめていた。
頬に髪がまとわりつく。冷房の効いた部屋の中で、火照った身体は汗をかいたままだ。
(寝よう。もう、全部忘れて)
そう思って目を閉じる。けれど、脳裏に焼きついた感覚が、どうしても離れなかった。
誰にも見られていないはずなのに、なぜだか“見せつけていた”ようなあの感覚。
恥ずかしさと、快感と、満たされないもの——
mikiはゆっくりと身体を起こし、無意識にワンピースの裾をめくった。
太ももにかかった布地を指でなぞると、まだそこに残る湿り気。
自分の欲望が染みついた感触が、ふたたびスイッチを入れた。
「……私、どうかしてる」
そう呟きながら、彼女はワンピースのファスナーに手をかけた。
ゆっくりと背中のラインをなぞるようにファスナーが下りていく。下着もひとつ、またひとつと脱ぎ捨てていくたびに、mikiの表情は変わっていった。
ベッドに全裸で腰を下ろし、足をベッドの上に引き上げ、そっと開く。
カーテン越しに見える夜の灯りが、彼女の肌をやさしく照らす。
胸の先端に指をあてがうと、背筋がかすかに震える。
ひとりなのに、ひとりじゃない。そう錯覚するほど、指の感触は生々しく、熱を帯びていた。
「ふぅ……んっ……」
mikiの唇から漏れる声は、先ほどよりも確かに熱を帯びていた。
ベッドのシーツが彼女の腰の動きに合わせてわずかに揺れる。
右手の指は、その奥へ。左手は胸をなぞりながら、彼の記憶をたどる。
——あのとき、ベッドの上で彼が見せた表情。
——彼の指の長さ、温度、匂い。
そのすべてを思い出すたびに、mikiの身体は波打つように感じていく。
「んっ、あっ……やだ……」
声が漏れることさえ止められなくなっていた。
誰にも聞かれていないはずなのに、誰かに聞いてほしかった。
「こんなに寂しい夜を、あなたのせいで迎えてるんだよ」って、伝えたかった。
ベッドの上で彼女は何度も達し、そしてそのまま大の字に倒れ込んだ。
荒い呼吸を整える間もなく、目の端から一筋、涙がこぼれ落ちる。
「……バカ」
それが、彼に向けたものだったのか。
それとも、自分自身への言葉だったのか。
答えは誰にもわからない。
ただ、mikiはその夜、自分の奥深くにある感情の扉を、確かに開けてしまった。
もう、戻れないところまで。
*
外はまだ雨が降っている。
目を閉じたmikiの頬に残る涙は、まるでその雨粒のように静かで、冷たかった。