[mari 妄想#002] 撮影前、誰にも見せないまま濡れていく

たった一度、街ですれ違っただけなのに。
マスクをしていた彼女の顔の全ては見えなかった。
けれど、そのとき目が合った気がして、なぜか忘れられない。

そのあと何日も、彼女の姿が脳裏に焼きついていた。
黒いミニ丈のワンピース、白い襟元、キャラクター柄の靴下。
そして、なによりも印象に残っているのは、細くて長い脚だった。
無意識のようで、どこか見せることを計算しているようにも思えた。

——名前も知らない彼女。
けれど、勝手に妄想を膨らませることは誰にも止められない。

mari。
俺の中で、そう名付けた彼女は、名古屋の中小企業で働く26歳という設定だった。

平日は事務仕事に追われ、目立たない存在で。
でも、副業で撮影モデルをしていて、たまに東京へやってくる。
今日も、東京のホテルに滞在している——というのが、俺の妄想の舞台だった。

夜のホテル。
撮影は明日。
彼女は部屋着に着替えるでもなく、制服のままベッドに座っていた。

マスクは外さない。
誰かが見ていなくても、mariにとってはそれが“日常の顔”なのだろう。

明かりを落とした室内。
スマホは手に持っていたが、点けられることはなかった。

ゆっくりと、彼女の手がスカートの上を這っていく。

直接は触れない。
下着の上から、服の上から——静かに、慎重に、けれど確かに。
自分の体温と感触を確かめるように、指先が動いていく。

マスクの奥で、小さく息を吐く。
その音すらも聞こえてしまいそうな、静かな部屋。

彼女の手は止まらない。
でも、それは乱暴な動きじゃない。
誰かに見せるものじゃない、たったひとりの、たった今だけの動き。

脚がわずかに開く。
膝がベッドの縁に落ちて、太ももがゆるやかに露わになる。
けれど、下着はまだ見えない。
それでも想像だけで、息が詰まりそうになる。

そのとき彼女は、ふと顔を上げた。

まっすぐに、天井を見つめるその目に、なぜか俺は“気づかれた”ような錯覚を抱いた。
——まさか、見られてることに気づいてる?
いや、違う。
誰にも見られていないという確信があるからこそ、mariは、こんなに自然でいられるのだ。

でも。
もしも。
この部屋のどこかに小さなカメラがあって、彼女の一挙一動をすべて見ていたとしたら——

mariの指が、服の上から濡れたラインをなぞる。
下着の輪郭を確かめるように。
その熱はじんわりとスカートに染み込んで、彼女の呼吸を深くする。

声は出さない。
でも、肩がわずかに震えていた。

マスク越しに、短く震えた吐息。
それだけで、彼女の内側がどれだけ高まっているのかがわかる。

彼女は、ゆっくりと脚を閉じて、指を止めた。
しばらくそのまま、じっとしていた。
まるで、自分の熱が静まるのを待つように。

そしてまた——
スカートの上から、そっと指先が動き出す。

全部見たいなんて思ってない。
触れたいとも、きっと思ってない。
ただ、こうして妄想の中で、彼女の“誰にも見せない姿”に触れていられるだけでいい。

現実の彼女が、撮影で見せるポーズや表情よりも、
この部屋でひとり静かに濡れていく姿の方が、
よっぽどリアルで、美しくて、愛おしいと思った。

もちろん——全部、俺の妄想だ。

けれど、mariは今夜も、東京のホテルのベッドの上で、
マスクをつけたまま、静かに、誰にも見せない時間を過ごしている。

そしてその姿は、なぜか俺にだけ見えている気がしてしまうんだ。