たった一度、街ですれ違っただけなのに。
マスクをしていた彼女の顔の全ては見えなかった。
けれど、そのとき目が合った気がして、なぜか忘れられない。
そのあと何日も、彼女の姿が脳裏に焼きついていた。
黒いミニ丈のワンピース、白い襟元、キャラクター柄の靴下。
そして、なによりも印象に残っているのは、細くて長い脚だった。
無意識のようで、どこか見せることを計算しているようにも思えた。
——名前も知らない彼女。
けれど、勝手に妄想を膨らませることは誰にも止められない。
mari。
俺の中で、そう名付けた彼女は、名古屋の中小企業で働く26歳という設定だった。
平日は事務仕事に追われ、目立たない存在で。
でも、副業で撮影モデルをしていて、たまに東京へやってくる。
今日も、東京のホテルに滞在している——というのが、俺の妄想の舞台だった。
夜のホテル。
撮影は明日。
彼女は部屋着に着替えるでもなく、制服のままベッドに座っていた。
マスクは外さない。
誰かが見ていなくても、mariにとってはそれが“日常の顔”なのだろう。
明かりを落とした室内。
スマホは手に持っていたが、点けられることはなかった。
ゆっくりと、彼女の手がスカートの上を這っていく。
直接は触れない。
下着の上から、服の上から——静かに、慎重に、けれど確かに。
自分の体温と感触を確かめるように、指先が動いていく。
マスクの奥で、小さく息を吐く。
その音すらも聞こえてしまいそうな、静かな部屋。
彼女の手は止まらない。
でも、それは乱暴な動きじゃない。
誰かに見せるものじゃない、たったひとりの、たった今だけの動き。
脚がわずかに開く。
膝がベッドの縁に落ちて、太ももがゆるやかに露わになる。
けれど、下着はまだ見えない。
それでも想像だけで、息が詰まりそうになる。
そのとき彼女は、ふと顔を上げた。
まっすぐに、天井を見つめるその目に、なぜか俺は“気づかれた”ような錯覚を抱いた。
——まさか、見られてることに気づいてる?
いや、違う。
誰にも見られていないという確信があるからこそ、mariは、こんなに自然でいられるのだ。
でも。
もしも。
この部屋のどこかに小さなカメラがあって、彼女の一挙一動をすべて見ていたとしたら——
mariの指が、服の上から濡れたラインをなぞる。
下着の輪郭を確かめるように。
その熱はじんわりとスカートに染み込んで、彼女の呼吸を深くする。
声は出さない。
でも、肩がわずかに震えていた。
マスク越しに、短く震えた吐息。
それだけで、彼女の内側がどれだけ高まっているのかがわかる。
彼女は、ゆっくりと脚を閉じて、指を止めた。
しばらくそのまま、じっとしていた。
まるで、自分の熱が静まるのを待つように。
そしてまた——
スカートの上から、そっと指先が動き出す。
全部見たいなんて思ってない。
触れたいとも、きっと思ってない。
ただ、こうして妄想の中で、彼女の“誰にも見せない姿”に触れていられるだけでいい。
現実の彼女が、撮影で見せるポーズや表情よりも、
この部屋でひとり静かに濡れていく姿の方が、
よっぽどリアルで、美しくて、愛おしいと思った。
もちろん——全部、俺の妄想だ。
けれど、mariは今夜も、東京のホテルのベッドの上で、
マスクをつけたまま、静かに、誰にも見せない時間を過ごしている。
そしてその姿は、なぜか俺にだけ見えている気がしてしまうんだ。