このビルの上階、いつもより早く来てしまった彼女が、静かに時間を潰している——そんな想像が頭に浮かぶ。
それが、yunaだった。
彼女の名前を知っているわけじゃない。だけど、心の中ではそう呼んでいた。
マスクをしたその横顔に、どこか見覚えがあるような錯覚を覚え、気がつけばその姿を目で追っていた。
yunaは、都内の大学に通う22歳。
仲間とレンタルスタジオを借りて、ダンスの練習をしているらしい。
その日は練習時間よりもずっと早く到着してしまい、誰もいないスタジオにひとりで入ったようだった。
スタジオの中、壁際に置かれたソファに深く腰掛けたyunaは、スマホを取り出してポンと画面をタップする。
スクロールして、何かを見て、時折親指で反応を返す。
マスク越しの表情は読めないけれど、そのまなざしの先にあるものに夢中になっているのは伝わってきた。
その姿が、妙に艶っぽく見えたのは——
脚だった。
スカートの裾から、まっすぐ伸びた脚がゆるりと崩れて、太ももが見えた。
最初はきちんと座っていた彼女も、時間が経つにつれてだんだんと姿勢を崩し、気づけばソファの上で片脚を抱え込むような姿勢になっていた。
そのたびに、プリーツのスカートがわずかに揺れ、奥が見えそうになる。
いや、時々、確実に見えていた。
でも、彼女はまったく気にしていない様子だった。
脚の角度も、スカートの乱れも、視線を意識して整える気配がない。
スマホに意識を奪われたまま、膝を崩し、太ももを投げ出し、重力に身を預けるようにソファに沈み込んでいく。
その無防備さに、息を呑んだ。
“見せている”のではなく、“見られていないと思っている”がゆえの自然体。
そこには、作られた誘惑よりもずっと強い引力があった。
このビルの壁の向こうで、彼女はただスマホを眺めている。
だけど、もしもその視線をこちらに向けて、
「……見てたの?」とでも囁かれたら——
想像は、勝手に加速する。
あの細い指がシャツのボタンにかかり、
ふとした瞬間に一つ外れ、胸元が少し緩む。
だらしない格好のまま、彼女はスマホを片手にベッドへ移動するかもしれない。
顔を伏せて、脚を崩し、
「……誰も見てないよね」って呟きながら、
もっと無防備になるかもしれない。
いや、全部妄想だ。
俺はただ、通りすがりに視界に入っただけの男で、
彼女の名前も、声も、何一つ知らない。
なのに、こうして想像している。
誰もいない部屋で無防備にくつろぐ彼女の姿を、脳裏に何度も再生しながら。
数分後、階段の上から複数の足音が聞こえた。
彼女の仲間たちがやって来たのだろう。
スタジオの扉が開き、賑やかな笑い声がこだまする。
yunaの無防備な時間は、もう終わった。
けれど、俺の妄想は終わらない。
パンチラすら気にしないほどスマホに夢中だった彼女の姿は、
いつまでも記憶の中で再生され続けている。
…誰にも見せていない、あの瞬間を。
偶然こっそり覗いてしまった俺だけの妄想として。