[yuna 妄想#002] 誰もいない階段で、パンチラ拾い見

昼過ぎのビルは、休日のオフィス街のように静まり返っていた。
エレベーター前に貼られた「関係者以外立ち入り禁止」の紙も、風に揺れることはない。
そのビルの中にあるダンススタジオ。今日はどうやら、まだ誰も来ていないらしい。

いや、ひとりだけ。
階段をのぼるその足音に、俺は気づいてしまった。

彼女の名前は知らない。
けれど何度か見かけたことがある。
白いブラウス、チェックのスカート。細い脚。
おそらく大学生だろう。
その日はTシャツにパーカーを羽織り、グレーのスウェットパンツを履いていた。
…でも、今日は違った。制服姿だった。いや、私服なのかもしれないけど、そう見えた。

ふとした瞬間、彼女の存在がビルの外階段の手すり越しに見えた。
ゆっくりと階段をのぼっていく。スマホを片手に、何かを確かめながら。

そのときだった。

スカートの裾が、風にふわりと持ち上がった。

彼女は気づいているのか、いないのか。
スマホを見つめる目線はそのまま、ゆっくりと階段を上がり続けている。
脚が伸び、スカートが揺れ、その奥がほんの一瞬、露わになる。

そしてまた、なにごともなかったように閉じる。

それだけのことだった。
それだけのはずだった。

でも――
どうして、こんなにも目が離せないんだろう。

彼女の名前を、俺は勝手に“yuna”と呼んでいた。
都内の大学に通う22歳。
ダンスサークルに所属していて、仲間とレンタルルームで練習しているらしい。

……全部、俺の妄想だ。

けれど、そう思わずにはいられないほど、彼女の存在には物語があった。
誰もいない階段。無防備にスカートを揺らして歩く彼女。
その姿を、偶然に見てしまっただけ。
なのに、脳裏には鮮明に焼き付いていた。

足取りは軽く、少しリズムがあるようにも見える。
ダンサーの歩き方だ――なんて、そんな知識があるわけじゃないのに、そう思ってしまった。

yunaは途中で立ち止まった。
階段の踊り場で、スマホを片手にふと足を止め、空を見上げたような仕草を見せる。

スカートの裾が、また軽く揺れた。
そして今度は、明確に“見えていた”。

白。
彼女の脚の間で静かに佇むそれは、風や動きのせいではなく、
彼女自身が、そうなることをわかっていたかのような角度だった。

たった一段、階段の高低差が生む視線の魔法。
立ち止まる彼女の太ももに、階下からの視線がそっと触れる。

彼女は気づいているのか?
いや、やはり気づいていないのか?

その無防備さが、想像をかき乱す。

俺は息を殺しながら、その場から動けずにいた。
声をかける理由もなければ、名乗れる関係でもない。
でも、なぜだろう。
この一瞬を“見届けなければならない”ような、そんな衝動に駆られていた。

彼女のスマホの画面がスリープに切り替わり、反射した太陽の光が
一瞬、彼女の顔を照らす。

マスク越しでも、彼女の目は穏やかで、遠くを見つめていた。

階段の途中で立ち止まるその姿は、まるで、
この瞬間だけ世界から切り取られた静止画のようだった。

数秒後、彼女はまた階段を上りはじめた。
リズムよく、軽やかに。
そして、階段の踊り場の壁の向こうへと、その姿は消えた。

俺は、ただ立ち尽くしていた。
胸の奥に残る余韻だけが、静かに揺れていた。

あのパンチラを見たからじゃない。
無防備なまま、誰にも見せていないはずの姿を、
偶然にも覗いてしまったことへの罪悪感と、
それでも目をそらせなかった自分への小さな肯定。

そんな矛盾と、かすかな温度が、いまも胸の内で残響している。

彼女が屋上でダンスを始めたのかどうか、俺は知らない。
でもきっと、あの風の中で、彼女はまた誰にも見せない表情をしていたんじゃないか。
脚を伸ばし、呼吸を整え、音もない空間で、
ただひとり、自由になるために、身体を動かしていたのかもしれない。

……全部、俺の妄想だけど。

でも、それでもいい。
その妄想が、彼女の“秘密の一瞬”を永遠にしてくれる気がしたから。