階段の先にある鉄扉を押し開けると、昼下がりの陽射しがまぶしかった。
ビルの屋上。周囲を囲う金属フェンスの隙間から、街の喧騒が遠くに聞こえる。けれど、ここには誰もいない。時間が止まったような静けさのなかで、彼女はひとり、階段に腰を下ろしていた。
yuna。
名前なんて知らない。ただ、週に何度か、このビルに現れるその姿を、偶然のように何度も目にしてきただけだ。
今日もまた、彼女はいつものように、ダンスの仲間を待っているのだろう。
ただそれだけの光景。なのに――
「……どうして、こんなにも目が離せないんだろうな」
心の中でつぶやきながら、物陰に身をひそめる。誰かに見られたら誤解される。いや、すでに自分の中では十分すぎるほどに妄想が膨らんでいた。
彼女のスカートが、風にふわりと揺れた。
膝上の薄い布地が、さらりとめくれ、その奥にある太ももの滑らかな曲線が一瞬、顔を出す。
白くてやわらかそうなその肌に、陽光がふわりと反射する。
その無防備な一瞬に、喉の奥が熱くなるのを感じた。
けれど、彼女は何も気にしていない様子だった。
スマホを両手に持ち、夢中で画面を見つめている。
指先が軽やかにスクロールし、ふいに笑みがこぼれる。
その笑顔すら、まるで陽射しに溶け込むような、自然体だった。
まるでここが、誰にも知られていない“わたしの場所”だと信じているように。
誰にも見られていない、という油断。無意識のままの素顔。
その全てが、たまらなく愛おしく見えた。
もう少し、もう一歩近づいたら…
その衝動を押しとどめるのが、やっとだった。
スカートの裾が、また揺れた。
今度は風が少し強く、布地が膝の中ほどまで舞い上がる。
そのたびに、太ももがちらり、またちらり。
彼女はまったく意に介さず、スカートを手で押さえる様子もなかった。
それどころか――
どこか、少しだけ“見せつけるような”気配すら感じた。
まさか、気づいている?
いや、そんなはずはない。ただの妄想だ。
けれど、もし…もしも、彼女がその無防備さの裏で、誰かの視線を感じ取っていたとしたら――
「わたし、知ってるよ。あなたが見てるの」
そんなふうに、心の中でささやかれたような錯覚に陥った。
太陽の位置が少しずつ傾き、影が階段の隅をゆっくり伸ばしていく。
彼女のスマホ画面に映るのは、おそらく仲間とのダンス動画だろう。
「この動き、まだ苦手なんだよな…」
小さく独り言をつぶやく声が、風に乗って届いてきた。
その声があまりにも近くて、ふと我に返る。
いけない。これは、ただの妄想だったはずだ。
けれど、見つめてしまったその一瞬を、もう取り消すことはできない。
目に焼き付いた太ももの眩しさ、風に遊ばれるスカートのやわらかな動き。
それは、日常のどこにも存在しない“魔法のような時間”だった。
彼女がふいにスマホを伏せて、顔を上げた。
その瞳が、真っ直ぐにこちらを見たような気がした。
まさか、気づかれた?
でも、その表情には驚きも、警戒もなく――
ただ、ふんわりとした微笑みだけがあった。
まるで「見てもいいよ」と、無言で許されたような気がして、心が熱くなる。
yunaは、立ち上がると、軽く伸びをした。
その動作に合わせてスカートがさらに舞い上がり、太ももからふくらはぎへと続くラインが、陽射しの中に浮かび上がった。
そして、何事もなかったかのように、屋上の扉へと歩いていく。
姿が階段の先に消えるその瞬間まで、俺は呼吸を忘れていた。
「……夢だったのかもしれないな」
けれど、心の奥に残ったあの太ももの白さと、無防備な微笑みだけは、たしかに現実のものだった。
そして、それはきっと、彼女の誰にも見せない“素の時間”だったのだ――