彼女の名前は、ayaka。
地方の小さな美容室で働く、まだ22歳の若い美容師だ。
その日は、東京・青山の有名サロンが主催する技術セミナーに参加するために、
たった二泊だけのホテルを予約して、上京してきたのだった。
都内のホテルロビーで初めて彼女を見かけたとき、
彼女は白いトップスに淡い花柄のロングスカートという、清楚な服装でスマホをいじっていた。
けれど、その姿はどこか浮いていた。
都会の空気にまだ完全には馴染みきれていない、けれど、なぜか目が離せない。
そんな不思議な存在感だった。
もちろん、話しかけるなんてできない。
すれ違っただけの他人。
でも、彼女の柔らかい髪の色と、マスク越しに見えた控えめな横顔が、どうしても記憶に残ってしまった。
──あの子、今どこにいるんだろう。
同じフロアのどこかの部屋で、ひとりで何をしているんだろう。
そんなことを考えながら、俺は自販機で缶コーヒーを買い、静かな廊下を歩いていた。
***
あの夜、俺の部屋の真上から、ふと小さな物音が聞こえた。
テレビの音でも、電話の声でもない。
それは、ベッドがきしむような、何かが動く気配。
そんなの、気のせいだとわかっていた。
でも俺の頭の中には、ロビーで見かけた彼女の姿が、まざまざと浮かんできてしまった。
ベッドに横たわるayaka。
セミナーを終えて、少しだけ疲れたような顔で、スマホをいじりながらゴロゴロとしている。
脚を崩して、気を抜いた猫のように、くたっとした姿勢で。
そのままロングスカートの裾がずり上がって、太ももまで露わになってしまっていることに、
彼女自身はきっと気づいていない。
きっと、部屋には優しい間接照明が灯っていて、
ベッドの上には、使っていないクッションと折りかけのホテル案内。
そんな静かな部屋で、彼女はただ、スマホの画面をゆっくりとスクロールしているだけ。
でも、俺の妄想の中では、スカートの奥まで――その先まで、はっきりと見えてしまっていた。
細くて白い脚。
丸まった膝の角度。
スカートの奥にのぞく、柔らかそうな布の質感。
それは、まるで自分だけが偶然手に入れてしまった“秘密の瞬間”のようだった。
俺は息をひそめて、ただ想像の中で彼女を見つめていた。
***
(こんなふうに、誰かに見られてるって、もし気づいたら……彼女はどうするだろう)
ふと、そんな考えが頭をよぎる。
もしかしたら、彼女は少し戸惑った顔をするかもしれない。
でも、そのあとでほんの少しだけ、口元に微笑を浮かべたりするんじゃないか。
「見えちゃってたんだ…」って。
そんな言葉を、誰にでもなく、ぽつりとこぼして。
そして、ベッドの上で寝返りを打ちながら、スカートの裾をなおすでもなく、
むしろもっと無防備に、脚を開いてしまったりして……。
それが、わざとなのか、ただ自然な動きなのか、わからないまま。
でも、その“わからなさ”が、俺をさらに深い妄想へと引き込んでいく。
彼女の表情は、セミナーのときの真剣なまなざしでも、
ロビーで見た素朴な横顔でもない。
どこか遠くを見つめていて、でも自分の身体の熱にだけは素直で、
誰にも見せたことのない顔を、ひとりの部屋でそっと浮かべている。
彼女の指が、スマホを握っていたはずの手が、
ゆっくりと自分の太ももに触れる。
そして、スカートの内側へと、静かに滑り込んでいく――
***
妄想はそこまでで止めた。
それ以上を想像するのは、どこかで“壊してしまう”気がしたからだ。
彼女の清楚さも、無防備さも、あのふんわりとした雰囲気も、
全てが、絶妙な距離感の中にあったからこそ、美しかった。
たった一度、ロビーですれ違っただけの彼女。
でも、あの姿を見た夜から、俺の中にはずっとayakaがいる。
現実では話しかけることすらできなかったけど、
この妄想の中だけは、彼女のすべてを見ていた気がする。
東京の夜。
静かなホテルの一室で、
若い美容師は今日もきっと、無防備なまま、誰にも見せない顔をしている。
そして俺は、今夜もまた、
その姿を想像してしまうのだ――