彼女の名前はayaka。
22歳、美容師。
地方の静かなサロンで日々ハサミを握り、人の髪に触れながら、自分の不器用な指先に少しずつ自信を重ねてきた。
そんな彼女が、東京に来ていた。
2泊3日。目的は、都内の有名サロンが主催する技術セミナー。
技術を学ぶために、見知らぬ街で、見知らぬベッドの上で過ごす、ほんの少しの非日常。
「……疲れた」
ぽつりとひとこと。
部屋の灯りはベッドサイドの間接照明だけ。
白い天井に光のグラデーションが揺れている。
トップスを脱ぎ、スカートをするりと抜き取り、下着を指先で外していく。
シャワーのあと、何も身に着けずにベッドへと滑り込むのが、ここ最近のayakaの“東京の夜”の過ごし方だった。
裸のまま、毛布を軽くお腹の上に掛けて、仰向けになる。
エアコンの静かな風が、ほんのり火照った肌を優しく撫でる。
目を閉じると、セミナーでの光景がうっすらと蘇る。
モデルの髪を扱う講師の手つき。
角度、リズム、優しさ。
そしてふと視線が合った瞬間の、あの穏やかなまなざし――
(あの人に……触れられたら、どんなふうに感じるんだろう)
自分の指先が、ゆっくりとお腹の上をなぞり始める。
皮膚の感触を確かめるように、ゆっくり、そっと、慎重に。
美容師として“人に触れること”を覚えたayakaは、
“自分に触れること”にはまだ少しだけ不器用だった。
それでも、誰にも見られていないこの空間でだけは、
そんなぎこちなさも、すべて許されるような気がしていた。
胸元をかすめる指先に、小さく震える吐息がこぼれる。
誰のものでもない、自分だけの鼓動が、じんわりと胸の奥から立ち上がっていく。
(全部……脱いじゃった)
そんな実感が遅れてやってくる。
裸のまま、ただただ快感だけを求めている自分に、ほんの少しの罪悪感と、それを上回る開放感。
足をゆっくりと開きながら、ayakaはその先へと指を滑らせていく。
ゆっくりと、溶けていくように。
セミナーで必死に取っていたメモを記していた同じ指が、
今は自分の奥へと忍び込んでいく。
じんわりと、熱が広がっていく。
自分の肌が、自分の手に応えるように濡れていく。
誰の視線もないこの夜だけ、
ayakaは、ayakaという名前の下に隠してきた“本音”を確かめる。
「んっ……」
声にならない声。
ひとつ、脚をくずして、ベッドの上に自分の熱を閉じ込めるように抱え込む。
快感が波のようにじわじわと身体を包み込む。
何度も繰り返してきた動きのはずなのに、
東京の夜、見知らぬベッドの上で、裸のまま行うそれは、
どこか、まったく違うもののように感じた。
(私……こんなふうに、ひとりでしてるって……誰かに見られたら、引かれるかな)
ふと、そんなことを思った自分に、自嘲気味の笑みがこぼれる。
この街では、誰にも知られていない。
誰にも期待されていない。
だからこそ、すべてを脱ぎ捨てて、正直になれる。
ベッドの上、静かな空気のなかで、
ayakaは自分の熱をゆっくりと高めていった。
動きは速くない。
むしろ、ゆっくりと、呼吸に合わせるように。
(……気持ちいい)
思わず心の中で呟く。
そのことを、自分自身が許していることに、少しだけ驚いた。
いつもは“しっかり者”で、“気配り上手”で、“やさしい美容師”。
だけど本当の自分は、誰かに触れてほしくて、
でもそれができずに、こうして夜、裸になって自分を慰めているだけ。
それを“恥ずかしいこと”だと思っていた自分が、
今夜だけは、それすらも優しく受け止めていた。
やがて、指の動きがほんの少しだけ深くなる。
身体の奥から、震えるような熱がこみあげてくる。
目を閉じて、呼吸を飲み込んで、唇を軽く噛みしめて――
波のように、ふわりと訪れる絶頂。
決して大きなものではない。
でも、それはたしかに、ayakaの中に積もった何かが、
そっと流れ出す瞬間だった。
しばらくして、ベッドの上で大の字になったまま、
彼女は深く息を吐いた。
照明のオレンジ色が、天井に揺れている。
裸のまま、目を閉じて、その灯りを感じる。
心地よい疲労感。
そして、ほんの少しの罪のないやさしさ。
(明日も頑張ろう)
そう呟いて、ayakaは毛布をお腹まで引き上げた。
この街で、誰にも知られていない素肌を包みながら、
彼女は静かにまぶたを閉じた。