人気のないビルの階段を、彼女はひとり静かに上っていた。
パフスリーブの白いブラウスと、ぴったりとしたデニムのミニスカート。その装いは、きっと誰かに見せるためではなく、自分のために選んだもの。けれど、その姿を一瞬でも目にした俺は、心の奥にしまっていた“妄想”を無意識に解き放っていた。
「出張中のZOOM打ち合わせ——」
そう言って、レンタルルームに入っていく姿を思い出す。もちろん、俺が勝手に作った物語だ。nanaという名前すら、本当は知らない。ただ、彼女のネイルの色が妙に記憶に残っている。控えめなのに、ほんの少しだけ、艶っぽさがあった。
その脚が階段を上るたび、スカートの裾がふわりと持ち上がる。風なんてないのに、まるで何かに誘われるように——。
いや、風じゃない。あれは、**“動き”**の中にある必然だ。
太ももの曲線、膝裏のくぼみ、そしてその奥に想像してしまう柔らかい肌の気配。ほんのわずかにしか見えていないのに、なぜだろう。まるで、すべてが透けて見えるような錯覚に陥ってしまう。
階段を下るとき、彼女との距離が少しだけ近くなる。その角度が、余計に妄想を加速させる。
——見えたわけじゃない。
けれど、見えていた。俺の中では、はっきりと。
彼女の目はスマホに向いていて、こちらには気づいていない。それが、またいい。日常の中に紛れ込んだ非日常。それはまるで、誰にも知られたくない小さな欲望のようだった。
もし、あの部屋で彼女がひとりなら——
もし、誰かの目を気にせず、ありのままの姿でいられるなら——
……そんな“もしも”が、静かに膨らんでいく。
誰にも知られず、誰にも咎められない妄想。
それが、俺にとっての現実よりも、ずっと鮮やかに輝いていた。