東京出張の午後、nanaはビルの屋上に立っていた。
白いブラウスにデニムのミニスカート。
風が吹き抜けるたび、スカートのすそがふわりと揺れ、素肌の太ももに空気が触れていく。
「ここ、好きなんです。人の声が聞こえないから」
彼女はそう言って、金網越しに街を見下ろしていた。
遠くに霞むビルの群れ、耳に届くのは風の音だけ。
その背中に、ほんのわずかな寂しさを感じたのは、気のせいだろうか。
彼女の脚が少しだけ組み替えられ、膝のラインが変わった。
無防備にも見える姿勢に、目が逸らせなくなる。
だが、彼女は気にする様子もなく、ただ風を感じるように目を細めていた。
「こういう時、なにも考えないようにしてるんです」
彼女はそうつぶやいた。
「仕事も、東京のことも、誰かに会ったことも。いったん全部、風に流してしまいたくなるから」
そう言ったとき、ブラウスのボタンがひとつ外れていることに、彼女自身も気づいていないようだった。
風が胸元にも忍び込んで、その柔らかな曲線をほんの少しだけあらわにする。
だが、それもまた偶然のようで、計算されていないからこそ、余計に心をざわつかせた。
「明日にはもう帰ります。東京には、特別な人がいないから」
その言葉に、なにかを言いたくなった。だが、何も言えなかった。
ただ、彼女がまたどこかの屋上で同じように風を感じていることを、願いたくなった。
彼女が歩き出すと、ミニスカートがふわりと舞い上がり、太ももが一瞬、光に染まった。
けれどnanaは振り返らずに、静かに階段を下りていった。
その後ろ姿が、しばらくの間、記憶から離れなかった。