俺が目にしたのは、大学四年生のrikoだった。
もちろん、20歳を過ぎた大人の女性。
それでも、その横顔には少女めいたあどけなさが残っていて、妙に心を揺さぶられる。
俺はただ、通りすがりの中年男にすぎない。
でも、あの瞬間だけは彼女との距離が縮まったような錯覚を覚えた。
屋上へ続くコンクリートの階段。
rikoは腰を下ろし、少し遠くを見ていた。
俺との距離は十数歩。
声をかけることなどしない。
ただ、遠くからその姿を盗み見るだけ。
——これが最初の焦らしだ。
距離。
手を伸ばせば届きそうで、決して届かない。
風が吹くたびに、スカートの裾が浮かぶ。
その角度から見える脚は、きっと本人も気づいていない。
俺は息を止め、目をそらすふりをして、
しかし心の奥では「もっと」と願っていた。
——これが二つ目の焦らし。
角度。
隠すようで、隠しきれない。
rikoはなにも言わず、ただ街を見下ろしている。
沈黙が、逆に雄弁だった。
彼女の香りが風にのって届く気がした。
シャンプーの甘さと、ほんのりした汗の塩気。
鼻腔をくすぐり、体の奥に熱を残す。
——三つ目の焦らし。
沈黙。
言葉がないからこそ、想像は膨らみ続ける。
気がつけば、俺の鼓動は耳に響くほど大きくなっていた。
街のざわめきすら遠のき、視界には彼女の姿しか映らない。
やがて、風が一際強く吹いた。
スカートが大きく揺れて、俺の目に焼きつくような光景を残した。
それは一瞬だったが、余韻はしつこいほど続く。
彼女は振り返らない。
ただ、静かに腰掛けたまま。
その沈黙が俺には合図のように思えた。
「見てもいい」と、許されたような錯覚を与える。
もちろん、すべては俺の妄想。
けれど、その妄想こそが、現実の味気なさを甘美に変えてくれる。
俺は目を閉じて、その余韻を胸の奥で反芻した。
鼓動の速さが落ち着いていくにつれ、
ただの通りすがりに戻っていく自分を、少しだけ惜しく感じながら。