[hina 妄想#009] 制服のまま、誰もいないビルで見せた静かな横顔

大学生活も残りわずか、22歳になったいま、
春からは社会人として新しい生活が始まる。
全員20歳を過ぎた仲間たちと取り組んでいる卒業制作で、
私は「もうひとりの自分」を映し出す映像作品に挑戦していた。

誰もいない古いビルを借り、制服姿のまま廊下を歩く。
足音が冷たい床に吸い込まれていくたび、
自分がまだ学生であり、同時に大人へ変わろうとしていることを思い知らされる。

撮影の合間、私は同行してくれた先輩に小さく笑って言った。
「大丈夫、これは私がやりたい表現なんです」
その合意の言葉を交わすことで、
不思議な安心感と少しの昂ぶりが混じり合っていった。

スカートの裾がわずかに揺れる。
誰にも見られていないはずの空間で、
それでも視線を浴びているような感覚が、
肌の上をゆっくりと這う。

蛍光灯の光は強すぎて、影はくっきりと落ちる。
その陰影の中で、自分が二重に存在しているように思えた。
制服のままの私と、社会に飛び込もうとする私。
ふたりの間に生まれる緊張が、
鼓動を少しずつ速めていく。

「ここからは、もっと自由に動いてみて」
そう声をかけられたとき、私は小さく頷いた。
そのやりとりが合図になり、
ただの撮影ではなく、自分をさらけ出す儀式のように思えてきた。

髪が肩に触れる感触、喉を通る空気の冷たさ、
指先に伝わるかすかな震え。
すべてが鮮明で、すべてが私を別の領域へ導いていく。

ひとりで歩いているはずなのに、
誰かに寄り添われているような感覚。
静かな廊下は、やがて濃密な空気で満たされ、
制服という殻をまとった自分が、
新しい存在へと変わっていく瞬間を映し出していた。

クライマックスを迎えるように、
最後に見せた自分の横顔は、
確かに“もうひとりの私”だった。

撮影を終えたあと、私は深く息を吐いた。
余韻が胸の奥でしばらく響き続ける。
そして思う——
これは卒業制作であると同時に、
自分の記憶に刻まれるひとつの通過儀礼なのだと。