——あの夜のことを、まだ覚えている。
Chikaは店を閉めて、少し酔いを残したままホテルに戻った。
鍵を開けた瞬間、ふっと肩が落ちて、
張りつめていた“ママ”の仮面が剥がれ落ちるのが見えた。
部屋の灯りをつけると、彼女はベッドに身を投げ出した。
淡い口紅の跡がシーツに触れて、
かすかに香るのはウイスキーと香水が混じった甘い匂い。
「今日は、頑張ったなぁ」
誰に言うでもなく、彼女はそうつぶやいて笑った。
その笑みは、店で見せるものよりずっと幼い。
俺はその姿に吸い込まれるように、そっと近づく。
「少し休もうか」
そう声をかけると、Chikaはまぶたを閉じ、頷いた。
その合図は、確かな合意のしるしだった。
彼女の髪に触れると、まだ外の夜風をまとっている。
冷たさと温かさが交じり合い、掌に広がる。
頬に触れれば、ほんのりとした熱が返ってきた。
耳元にかかる吐息は甘く、胸の奥を震わせる。
シーツに沈み込む彼女の横顔を見ているだけで、
29歳の素顔が少しずつほどけていく。
「ここなら安心できるね」
小さくそう言ったChikaの声に、俺の心も揺れた。
その瞬間、彼女は俺の手を取って離さなかった。
言葉以上に雄弁なその仕草に、
互いの心が確かに重なったのを感じた。
やがて、酔いの余韻とともに、
彼女の呼吸が深くなっていく。
シーツの上に溶ける彼女の体温が、
俺を包み込み、官能的な余韻を残した。
明け方の光がカーテンの隙間から差し込む。
彼女は眠りながら、うっすら笑みを浮かべていた。
その無防備な姿に、俺はただ胸を高鳴らせるしかなかった。