俺は常連のひとりとして、
何度かChikaと会話をしたことがある。
夜のスナックを支える“ママ”の顔。
でも、彼女がまだ29歳だと知ったとき、
どこかで線が崩れる音を聞いた気がした。
だからこそ、カウンター越しに交わす視線や言葉の余白に、
小さな合図のようなものを感じてしまう。
——今、彼女はホテルの一室にいる。
店を閉め、朝方に戻る“もうひとつの部屋”。
そこでは誰に気を遣うこともなく、
ひとりきりで自分を解きほぐしているのだろう。
シーツに体を沈めたChikaを想像する。
首筋にかかる髪が少し乱れて、
アルコールの残り香と、
石鹸のやわらかな匂いが混ざり合う。
彼女は目を閉じ、
その手を胸元へ、そしてもっと深い場所へ——。
「誰にも言えないけどね」
かすかな独り言が耳に響くように思える。
俺の頭の中で、彼女は確かにそう言った。
それは拒絶ではなく、
むしろ“わかってほしい”という静かな同意に聞こえる。
俺は息を呑みながら想像を続ける。
ひとりきりの朝、
ほどけていく彼女の衝動。
誰の視線もなく、
ただ自分自身と向き合うその時間に、
俺は勝手に入り込んでしまう。
グラスを磨いていた手が、
今は自分をなぞっている。
カウンターの明かりの下で見せていた笑顔が、
シーツの上では熱に染まっている。
その落差がたまらなく官能的だ。
そして俺は思う。
本当にそんな姿を見られたなら、
どれだけ胸が震えるのだろうか、と。
想像はそこで途切れない。
むしろ余韻として、
頭の中に彼女の声や仕草がこびりついて離れない。
眠りに落ちる前の微かな吐息まで、
耳の奥で再生され続ける。
——これは俺の妄想だ。
だが、妄想であるほどに甘美で、
現実以上に濃密に感じられる。