[reira 妄想#001] 内見のあと、灰色のソファで──今日は何を着よう?

俺が彼女を初めて見たのは、ある物件の内見帰りだった。
不動産会社の若いアシスタント——reira。
まだ少し事務服の匂いを残したまま、現場で鍵を管理していた。

その日は、客が帰ったあともしばらくモデルルームに残っていた。
灰色のソファに座り、スマホを眺めながら、
小さく「今日は、何を着よう?」と呟く声が聞こえた気がした。

その言葉に、息をするのを忘れた。
誰もいない部屋で、彼女だけが時間を持っている。
白いニットの袖が柔らかく光を弾き、
黒い裾がそのまま脚の動きに沿って波打っていた。

俺は、ただ見ていた。
彼女の指がスマホの画面をゆっくり滑るたび、
なぜか胸の奥がざわついた。
それは仕事の確認ではない、もっと個人的な“なにか”を確かめる仕草だった。

「このベスト、撮影でも着ていいのかな」
reiraがそう呟いた。
ひとりごとだったが、その声音には少しだけ甘さがあった。
彼女はきっと、誰にも見せない自分を確かめていたのだろう。

俺はその場から動けなかった。
彼女が小物を並べ、鏡越しに姿を見つめる様子。
白と灰の光が交差する中で、
まるで“舞台の照明”のように空気が変わっていった。

「……これで、いいかな」
鏡の中のreiraが、小さく笑った。
その笑みには、仕事の顔とも、素の顔とも違う、
ひとりだけの秘密が混じっていた。

もしも、その瞬間を切り取れたなら——
俺は、彼女の“静かな官能”をそのまま閉じ込めておきたいと思った。
音も匂いも、呼吸の速度も、
すべてがゆっくりと溶け合っていくような空間。

内見が終わったあとの静寂の中、
reiraは自分の世界を確かめていた。
そして俺は、ただその世界の外から見つめる。
何も触れず、何も言わずに。

けれど、あの白い袖と指先の動きは、
今でも頭のどこかでゆっくり再生され続けている。
まるで、彼女の呼吸がそこに残っているように。