[reira 妄想#003] 鍵束を置いて、制服に着替える

あの日のことを、ふと思い出す。
モデルルームの一角で、reiraが制服に着替えていた。
「ポスター用の衣装テストなんです」
そう言って笑った彼女の声が、妙に耳に残っている。

テーブルの上に鍵束を置いて、
通知をオフにしたスマホを伏せると、
部屋は一瞬にして“彼女のステージ”になった。
その変化を、息をひそめて見ていた自分がいた。

白いニットが、柔らかく腕に沿って伸びる。
指先で皺を整える仕草が、どうしてあんなに美しかったのか。
ベストを羽織ると、布が擦れる小さな音。
空気がわずかに揺れた。

「こうして着ると、少し緊張しますね」
reiraはそう言いながら、ボタンを上から留めていった。
そのたびに、呼吸が浅くなるのを感じた。
彼女が見せる動作のひとつひとつが、
ただの“着替え”ではなく、
何かを始める儀式のように見えた。

名札をカチリと留める音。
髪を耳にかける指先。
その一瞬に、仕事と私生活の境界が溶けていく。

「どうですか? 変じゃないですか?」
照れたように笑う顔を見た瞬間、
胸の奥がじんわりと熱くなった。
そこにいたのは“案内役の彼女”であり、
同時に“誰にも見せない彼女”でもあった。

そのあと、彼女は鏡の前で姿勢を整え、
自分の顔をじっと見つめた。
光の角度が変わり、
制服の布地が白く反射する。
その静けさの中で、
僕はひとつの確信を持った。

——今、この空間には、彼女しかいない。
時間ごと、彼女のものであるかのように。

「よし、これで完璧です」
そう呟いた瞬間、息をしているのを忘れていた。
制服の上から漂う柔軟剤の香りが、
現実と妄想の境目を曖昧にしていく。

鍵束は、まだテーブルの上にあった。
あの金属の冷たさだけが、
彼女の“日常”を思い出させる唯一の証のようだった。