あの午後、モデルルームの前を通ったとき、
静かな気配の中に、誰かの気配を感じた。
後から知った——あの部屋には、23歳のreiraがいたらしい。
不動産の内見アシスタント。
白ニットにベスト、黒のタイトスカート。
社内ポスター用の衣装テストという名目で、
彼女はひとり、その格好のまま待機していた。
鍵の束をテーブルに置いた音が、部屋の空気を切り替える。
通知をオフにしたスマホの画面は静かで、
その沈黙が彼女を包む。
「ちょっとだけ、雰囲気見てみようかな」
鏡に映る自分へ、reiraは小さくつぶやいた。
自分に許しを与えるような声。
裾を指先で整えながら、スカートの生地を確かめる。
その仕草に、ささやかな自覚が宿る。
いつもより背筋を伸ばし、足元を確かめる。
ベストのボタンを軽く押さえると、白ニット越しに温もりが伝わる。
制服という檻が、少しずつ彼女の味方に変わっていく。
誰にも見られない舞台。
けれど、もし誰かがこの瞬間を覗いていたら——
彼女は気づくだろうか。
鏡の前で一歩、また一歩。
歩幅に合わせて制服が揺れるたび、
空気が柔らかく波打つように見えた。
スカートの裾が、ふわりと浮く。
見えそうで見えない、その一瞬の緊張が美しい。
手首の時計が、午後の光を反射してきらりと光る。
ほんのり汗ばんだ首筋が、その光を受けて透ける。
reiraは息を整え、鏡越しに微笑む。
「……なんか、ちょっとドキドキするね」
その言葉が、静かな部屋に溶けていく。
まるで誰かと会話しているように。
鍵の束を拾い上げ、軽く鳴らすと、
その音が現実への合図のように響く。
でも、もう遅い。
彼女の中には、確かに“別の自分”が目を覚ましていた。
スカートが揺れるたび、心の奥の小さな灯りが滲む。
その光景を思い浮かべるだけで、息が浅くなる。
そして、想像の中で、彼女は振り返る。
視線が交わるわけでもないのに、
どこかで確かに、こちらを見たような気がした。