俺が彼女を初めて見たのは、モデルルームの内見に同行したときだった。
不動産会社のアシスタント、reira——23歳。
白いニットにグレーのベスト、淡いリップが光を受けてわずかに揺れた。
その日、撮影用の衣装合わせという名目で、
彼女はモデルルームの中にひとり残っていた。
スタッフが全員外に出て、ドアが閉まった瞬間、
彼女は手の中の鍵をテーブルに置いた。
金属音が静まり、世界がふっと静寂に包まれた。
「少しだけ、このままでいたいんです」
そう言って彼女は笑った。
その声が、なぜだか耳に残って離れない。
ベストの裾を軽く整え、胸元のシャツを指先で直す。
布地が素肌を撫でるたび、彼女のまつ毛がわずかに震える。
彼女はノーブラのまま、制服姿のままソファに身を沈め、
息をひとつ、長く吐いた。
「こうしてると、なんだか落ち着くんです」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
ただ、静かにその場の空気を吸い込んだ。
新しい家具の匂いと、彼女の香水が混ざり合い、
一瞬、時間が止まったように感じた。
彼女の指先がベストの前をそっと押さえる。
その下の呼吸の高まりが、見えない波のように伝わってくる。
視線を逸らそうとしても、逸らせない。
彼女もそれをわかっているように、
うっすらと笑みを浮かべて俺を見た。
「見てるんですよね」
彼女がそう言ったとき、すべての合意がその一言で形を持った。
その声は柔らかく、挑むようでもあり、
その場に流れる空気をさらに熱くした。
シャツの布が肌を滑るたび、
小さな吐息が重なっていく。
それは乱れるでも、我慢するでもなく、
ただ、心地よく沈んでいく音だった。
俺はその光景を、目を閉じるように記憶へ刻んだ。
白いソファ、金属の鍵束、光沢を帯びたスカートの折り目。
そのすべてが、彼女という存在を静かに形づくっていた。
最後に彼女は、襟を軽く直して立ち上がった。
「このまま、撮影に行けそうです」
そう言って、軽く笑う。
もうそこには、さっきまでの柔らかな熱はなく、
仕事の顔に戻った彼女がいた。
けれど俺には、
あの静かな時間が今でも続いているように思える。