あの夜のことを、今でもはっきりと覚えている。
合宿先の古民家。
練習が終わって戻ると、部屋の明かりが一つだけ灯っていた。
襖の向こうから、わずかに浴衣のすそが見えた。
思わず息を呑んで立ち止まる。
その姿が、あまりにも静かで、現実離れしていたから。
yunaは畳の上に正座していた。
髪を指先で整え、背筋を伸ばして、何かを思い詰めるように目を伏せていた。
夏の夜気が流れこみ、浴衣の合わせ目がふわりと開く。
白い肌が、膝から太ももへと覗く。
その瞬間、目が離せなかった。
彼女も、僕の存在に気づいたのか、はっと顔を上げた。
「……見てたんですか?」
小さくそう言って、頬を紅くする。
けれど、すぐに視線をそらして、浴衣の裾を押さえる手が震えていた。
「だって……誰も、いないと思ってたから」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
彼女は立ち上がることもせず、ただそのまま僕を見つめていた。
逃げるようでもなく、誘うようでもなく。
僕はそっと、彼女の前に腰を下ろした。
畳がきしむ音が、やけに大きく響いた。
「……怒ってないよ」
そう言うと、彼女はかすかに笑ってうなずいた。
その瞬間、浴衣の袖が僕の手に触れた。
冷たくて、やわらかくて、そこに彼女の温度があった。
どちらからともなく、息を潜めるように静かになった。
何も言葉はいらなかった。
ただ、夜の匂いと、畳の感触と、彼女の気配だけがあった。
あの時間が永遠に続けばいい、そう思った。
そして今も、あのときの月明かりの下で見た肌の白さが、目の奥に焼きついている。
忘れられない、夏の光景。