大学の合宿で訪れた都内の古民家。
木の香りがする廊下を抜けて、自分の部屋に戻ったとき、外はすっかり暮れていた。
みんなはまだ練習中で、静かな屋敷の中には、自分の足音しか響かない。
20歳を過ぎたばかりのyunaは、鏡の前で浴衣の帯を整えながら、
なんだか落ち着かない気持ちを抑えられなかった。
少し乱れた前髪を指先で整え、正座をしてみる。
畳の感触が膝に伝わるたび、体の奥が少しずつ熱を帯びていく。
そのまま、そっと脚を崩した。
布の隙間から覗く肌が、自分でも息を呑むほど白くて、柔らかい。
冷房の風がそこに触れて、思わず身をすくめる。
誰もいないはずなのに、誰かが見ているような気がした。
「もし、あの人が襖を開けて入ってきたら——」
そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと締まる。
目を閉じて、息を吸い込むと、畳と浴衣の匂いが混ざって懐かしい。
心の中で、その人の顔を思い浮かべた。
彼はいつも静かに笑って、こちらを見てくれる人。
まだ到着していないとわかっているのに、
ふと襖の向こうに気配を感じるたび、
「来てほしい」と、「来ないでほしい」が同時に胸をかすめる。
浴衣の裾を指で押さえると、指先が少し震えた。
ほんの一瞬、すべてを見透かされたような気がして、
そのまま小さく息を吐く。
その夜の風は、どこか甘く、
古い建物の隙間から入り込む空気さえ、体の内側をなぞるようだった。
あの人の声を思い出す。
「大丈夫、無理しなくていいよ」
その優しい響きだけで、世界がゆっくりと溶けていく。
何も起きない夜。
それでも、心の奥では確かに“何か”が始まっていた。
もし、あの人が今、ここにいたら——
私はきっと、もう逃げられなかったと思う。