「登ってごらん」 風が、そう言った。
夕暮れの階段。 一段目に足をかける。 グレーのコートの裾が揺れた。
登りながら、考える。 ここまで来るのに、どれだけかかっただろう。
泣いた日があった。 逃げたい日もあった。 何度も立ち止まった。
でも、やめなかった。 一段ずつ。 自分のペースで。
途中で振り返った。 夕暮れの街が広がっていた。 住宅街の屋根が、金色に輝いている。
「きれいだね」 風が言った。
「うん」 そう答えた。
この景色は、登った人にしか見えない。 近道はなかった。 でも、遠回りでもなかった。
再び前を向く。 あと少し。
最後の一段を登り切った。 風が、強く吹いた。 髪が光に縁取られて、金色に光った。
「よく頑張ったね」 風が言う。
「ありがとう」 そう返した。
ここまで来た自分を、認めてあげよう。 明日もまた、新しい階段がある。 でも、もう怖くない。
一段ずつ登れば、必ず着く。 それを、もう知っているから。