振り返らない階段―前へ、ただ前へ

「準備はいい?」 風が言った。

冬の階段の前に立つ。 グレーのコート。 赤いリップ。 今日の私の、鎧。

一段目を踏み出す。 冷たい空気が頬を刺す。 でも、心は熱い。

二段目。三段目。 風が吹く。髪が揺れる。 「止まらないの?」と風が聞く。

止まらない。 もう決めたから。

昔の私は、この階段の前でよく立ち止まった。 上を見て、怖くなった。 下を見て、戻りたくなった。 どちらにも行けずに、ただ立っていた。

でも今は違う。

一段登るたびに、過去が小さくなる。 一段登るたびに、未来が近くなる。 振り返る必要なんて、ない。

途中で風が強くなる。 コートが煽られる。 髪が乱れる。

それでも、足は止まらない。

頂上に着いた。 息が白い。 街が見える。 ここまで来た。

風が言う。 「いい顔してるよ」と。

赤いリップが、少しだけ笑う。 前へ。ただ前へ。 それだけでいい。