「自分が決めた場所へ」
出かける前に、鏡に向かってそう言った。
今日、赤いリップを引いた。 鎧みたいに。お守りみたいに。 普段はベージュ。ピンク。 でも今日は違う。 理由は、うまく説明できなかった。 それでいい、と思った。
17度。強風注意報。 路地に出ると、梅が咲いていた。 白い小さな花が、強い風の中で揺れている。 それでも、散らない。
歩き始めた。 路地の先に、小さな階段が見えた。 そこまで行こう。 足が、自然に動いた。
一段、登った。 コートの裾が揺れる。 髪が揺れる。 でも、止まらない。
二段目。三段目。
ここから見える景色が、好きだ。 梅の白。空の青。 電線も、自転車も、全部含めて、好き。
「どこへ向かうの?」 風が吹いてきた。
「自分が決めた場所へ」
するっと、出た。
昔は言えなかった。 「自分が決めた」なんて。 誰かに決めてもらいたくて。 誰かに背中を押してもらいたくて。
でも今日は違う。 赤いリップが、証明している。 自分で選んで、自分で塗った。 この色で、出かけた。
風が言った。 「その答え、ずっと知ってたよ」
そうかもしれない。 ずっと、知っていたのかもしれない。
東京で桜が咲いた、春の土曜日。