「もう登っていいよ」 風が言った気がした。
3月の住宅街に、階段があった。 コンクリートの、古い段。 そばで梅が咲いていた。 白い花が、静かに。
気温はちょうどいい。 コートが重くない。 そういう午後だった。
一段、登った。 足が軽い。
昔は、こんなじゃなかった。 何かを決める前に、必ず怖くなっていた。 もっとできてから。 もっと準備ができてから。 そう思って、なかなか登れなかった。
でも今は。 ただ、登っている。
二段目。三段目。 梅の花が近づいてくる。
立ち止まった。 振り返ると、街が見えた。 いつも歩いているあの道。 ここから見ると、小さい。
また、登った。 なぜか、また少し軽くなっていた。
頂上に着いた。 たいした高さじゃない。 でも、景色が違う。
風が言う。 「一歩ずつで、よかったんだよ」
そうか。 急がなくてよかったのか。 ゆっくりでよかったのか。
梅の花が揺れた。 3月の風に、少しだけ。
そうだよ。 ゆっくりでいい。 その歩幅で、いい。