風が言った。「疲れてる?」と。
「うん」と答えた。正直に。
春雨の路地を歩いていたら、古い石段があった。
桜の木が真上に伸びていて、
濡れた花びらが、石段にひとひら落ちていた。
一段目に足を乗せた。
滑らないように、ゆっくりと。
二段目。三段目。
雨粒が傘を叩く。
リズムみたいだった。
4月1日。
また新しいことが始まる。
頑張らなきゃ、と思うだけで体が重くなる。
昔からそうだった。
いつも「また始まる」より「まだ続く」という感覚だった。
疲れを見せるのが怖くて、平気なふりをしてきた。
でも桜は、力んでいない。
ただ咲いている。
雨に濡れながら。
散りかけながら。
それでいいみたいに、満開のまま。
階段の上から振り返った。
濡れた路面に、花びらが落ちていた。
光に滲んで、きれいだった。
「頑張らなくていい」
そう思えたのは、はじめてかもしれない。
頑張るんじゃなくて、ただ咲く。
疲れたまま、咲いていい。
雨の中でも、咲いていい。
そういうことでいいかもしれない。
風が言った。「そうだよ」と。
また一段、降りた。
戻るためじゃなく、
次の階段へ向かうために。