風が言った。
「急がなくていいよ」と。
四月の桜並木を歩きながら、ずっとそのことを考えていた。
コートがちょうどいい温度。
空が白く、柔らかく光っている。
雨が来る前の、静かな春。
一歩、また一歩。
急ぐ必要は、ない。
昔の私は、違った。
いつも誰かと比べていた。
あの人はもうあそこまで行った、と。
私はまだここにいる、と。
でも今日は違う。
桜が咲いている。
それだけで、もう十分な気がした。
人生の階段は、みんな違う。
幅も、高さも、向いている方角も。
私の階段を、私のペースで登る。
焦って転んでも仕方がない。
踏み外したって、また一段から始めればいい。
風が背中に触れる。
「ゆっくりでいいよ」と言いながら。
桜の花びらが、前へ前へと流れていく。
ああ、そういうことか。
急かされているんじゃない。
一緒に進もうと言っている。
今年の桜に、間に合った。
それだけで、十分じゃないか。
もっとゆっくり、咲いていい。
風は言う。「そのままで、いい」と。