階段の途中で開いた本―迷いを消した一行

「迷ったら、登れ」

本に書いてあった。たった6文字。

階段の途中で、私は立ち止まっていた。

***

登り始めて、10分。

最初は勢いよく登った。「今日こそ」と決めて。

でも、途中で足が止まった。

上を見る。まだ続く階段。

下を見る。ここまで来た道。

「本当にこのまま登っていいのか」

迷いが、頭をもたげる。

***

カバンから本を取り出す。

今朝、なんとなく持ってきた。読みかけで、まだ半分。

ページを開く。ランダムに。

そこに、あった。

「迷ったら、登れ。下りることは、いつでもできる」

***

顔を上げる。

階段を見る。長い。

でも、この言葉が響いた。

「下りることは、いつでもできる」

そうだ。

今登るのをやめたら、また下に戻るだけ。

それは、いつでもできる。

でも、登り続けることは、今しかできない。

***

本を閉じる。

胸に当てる。

そして、また一歩。

***

足が、次の段に触れる。

重い。でも、進む。

もう一歩。さらに一歩。

今度は、止まらない。

***

本の言葉が、頭の中で繰り返される。

「迷ったら、登れ」

そうだ。迷っている時間があるなら、一段でも登ればいい。

登れば、景色が変わる。

***

5分後。

また、足が重くなる。

でも今度は、立ち止まらない。

本を握りしめて、ただ登る。

***

10分後。

息が切れる。

汗が流れる。

でも、止まらない。

なぜなら、もう迷っていないから。

***

そして、見えた。

頂上が。

***

最後の力を振り絞る。

一段、また一段。

そして、着いた。

***

息を整える。

心臓が、激しく鳴る。

でも、やり遂げた。

***

本を開く。

さっきのページ。

「迷ったら、登れ。下りることは、いつでもできる」

その下に、続きがあった。

「そして、登り切った者だけが知る。頂上から見る景色の美しさを」

***

顔を上げる。

眼下に広がる景色。

街が、小さく見える。

風が、吹く。心地いい。

***

本当だった。

登り切った者だけが、これを見られる。

***

この景色を見るために、

迷いながらも、

疲れながらも、

登ってきた。

***

本を胸に当てる。

「ありがとう」

声に出さず、心の中で呟く。

***

背後に、人の気配。

振り返ると、誰かが登ってくる。

疲れた顔。迷っている目。

***

その人が、頂上に着く。

「大変でしたね」

声をかける。

相手が、頷く。

***

「でも、この景色、すごいですよね」

私が言う。

相手が、周りを見渡す。

そして、笑った。

「本当だ。登って良かった」

***

私も、笑う。

そうだ。登って良かった。

迷ったけど、登って良かった。

***

本を取り出す。

「これ、読んでたんです」

見せる。

「『迷ったら、登れ』って書いてあって」

相手が、興味深そうに見る。

「いい言葉ですね」

***

本を渡す。

「良かったら、読んでください。途中のページ、印つけてあります」

相手が、受け取る。

「ありがとうございます」

***

二人で、階段を降りる。

登ってきた道。

今度は、楽だ。

***

降りながら、思う。

迷った時、本が教えてくれた。

「登れ」と。

***

次に誰かが迷っている時。

今度は、私が言おう。

「迷ったら、登って。大丈夫、登れば必ず何かが見える」