
「登ってごらん」 風がそう言った。
夕暮れの階段。 逆光が、金色に輝いている。 グレーのコートの裾が揺れる。 一段目に、足をかけた。
ポケットに手を入れたまま。 焦らない。 自分のペースで、登る。
三段目。 少し息が上がる。 昔の自分を思い出す。
あの頃は、階段を見るだけで怖かった。 「登れるかな」 「途中で転んだらどうしよう」 そんなことばかり考えていた。
五段目。 風が吹く。 髪が金色に光る。
「まだ不安?」と風が聞く。 「ううん」と答える。 もう、不安じゃない。
転んでも、立ち上がれることを知っている。 休んでも、また登れることを知っている。 それを教えてくれたのは、この階段だった。
最後の一段を登りきる。 振り返る。
夕暮れの街が広がっている。 金色の光に包まれた、いつもの住宅街。 でも、少しだけ違って見える。
高いところから見ると、 見慣れた景色も、新しく見える。
風が言う。 「ここまで来たね」と。
うん。 ここまで来た。 長かったけど、ちゃんと来た。
明日も、また登る。 自分のペースで。 ポケットに手を入れて。