
「登っておいで」 風が、階段の上から呼んでいた。
ブルーアワーの街。 グレーのコートを纏って、階段の前に立つ。 今日は、赤いリップを引いている。
一段目。 ヒールの音が響く。 冷たい空気が頬を撫でる。
三段目。 風が聞いてくる。 「その赤は、鎧?」
立ち止まる。 考える。
昔の私なら、そうだったかもしれない。 赤いリップは、弱い自分を隠すための鎧だった。 「強く見せなきゃ」と、必死だった。
でも、今は違う。
五段目。 再び登り始める。 「鎧じゃないよ」と答える。 「これは、私の色」
風が少し驚く。 「変わったね」と。
「変わったんじゃない。戻ったの」 本当の自分に。
七段目。 街がブルーに染まっている。 その中で、赤いリップだけが、温かく灯っている。
最後の一段を登りきる。 振り返ると、青い街が広がっていた。
風が吹く。 コートが揺れる。 髪が舞う。
でも、足元は揺らがない。
風が言う。 「おかえり」と。
「ただいま」と答える。 赤い唇で、笑って。
勝ち負けじゃない。 ただ、自分でいること。 それが一番の勝利だと、この階段が教えてくれた。