
「登る準備はできてる?」 風がそう言った。
冬の階段の前に立つ。 黒いコートを纏って。 グレーのニットに手を添えて。
一段目を登る。 冷たい風が吹く。 髪が揺れる。
赤いリップを引いてきた。 今日の私には、必要だった。 これは化粧じゃない。 鎧だ。
三段目。 昔の私を思い出す。 人前で笑えなかった日。 自分の意見が言えなかった日。 風に吹かれるまま、流されていた日。
五段目で立ち止まる。 振り返ると、街が広がっている。 あの頃の私が、下から見上げている気がした。
「大丈夫だよ」 心の中で、あの頃の自分に言う。
風が吹く。 「強くなったね」と。
「最初から強かったわけじゃないよ」 そう答える。
たくさん泣いた。 たくさん迷った。 でも、その度に一段登った。
最後の一段を登りきる。 空が広い。 冷たい風が、心地いい。
風が言う。 「その赤いリップ、似合ってるよ」と。
ありがとう。 これは、私が私を守るための色。 そして今は、私が私を誇るための色。
明日も、この階段を登る。 赤いリップを引いて。 自分だけの強さを纏って。