
「登ってごらん」 風が言った。
ブルーアワーの階段に立つ。 街灯がにじんで、青い空気の中に浮かんでいる。
一段、登る。 コートの裾が揺れる。
昔は、明日が怖かった。 「また同じ日が来る」と思っていた。 階段を登る気力もなかった。
二段、三段。 風が吹く。 髪が揺れる。 頬が冷たい。
「明日は、どうなると思う?」 風が聞く。
立ち止まる。 振り返ると、街の灯りが見えた。 ぼんやりと、温かく。
あの灯りの一つ一つに、誰かの暮らしがある。 誰かの明日がある。
また、登り始める。
「きっと、いい日になる」 そう答えた。
根拠なんてない。 でも、そう思える自分がいる。 それだけで、十分だ。
階段の上に着いた。 風が吹く。 今度は、優しく。
「その言葉、覚えておいて」 風が言う。 「迷った日に、思い出して」と。
ブルーアワーの空を見上げる。 暗くなる前の、一番きれいな青。
明日もきっと、この青に会える。