
「登れる?」 風がそう聞いた。
冬の階段の前に立つ。 グレーのコートを纏って。 赤いリップを引いて。
「登れるよ」 一段目に、足を置いた。
昔の私は、階段が怖かった。 登った先に何があるか、わからなかったから。 途中で引き返すことばかり、考えていた。
二段、三段。 風が吹く。 髪が揺れる。
でも、足は止まらない。
「どうして怖くないの?」 風が聞いた。
立ち止まって、考えた。 怖くないわけじゃない。 ただ、怖いまま登ることを、覚えたんだ。
赤いリップ。 これは私の鎧。 弱い自分を隠すためじゃない。 強い自分を、表に出すため。
また、登り始める。 一段ずつ。 自分のペースで。
頂上に着いた。 ブルーアワーの街が広がっていた。 青くて、冷たくて、でも美しい。
風が吹いた。 コートが揺れた。
「ねえ」と風が言った。 「強くなりたいって、もう言わないね」
そうだね。 もう言わない。
だって、もう強いから。 この階段を登れた私は、もう知っている。
強さは、誰かにもらうものじゃない。 自分で選ぶもの。
今日も、赤いリップを引いて。 一段ずつ、登っていく。