
「そのままでいいよ」 風が言った。 3月の朝、路地に出た瞬間のことだった。
気温12度、晴れ。 光がまっすぐ差してくる。 影が濃い。 いい日だ、と思った。
階段の前に立った。 昔の私なら、躊躇していた。 もっと準備ができてから。 もっとちゃんとなってから。 そうじゃないと、登る資格がないと思っていた。
一段、踏み出した。 スカーフが揺れた。 風が吹いた。 「しんどくない?」 「しんどい。でも、止まらない」
二段、三段。 光が近づいてくる。 落ち葉が足元に舞った。
ふと気づいた。 完璧じゃなくても、登れる。 準備が整わなくても、登れる。 そのままの自分で、登っていい。
階段の途中で立ち止まった。 振り返ったら、遠くまで来ていた。
風が言った。 「そのままで、よかったんだよ」
うん。 そのままで、よかった。 自分を許すのに、理由なんていらなかった。
また一段、登る。 今日の私で、十分だ。