
「もう春だよ」と風が言った。
昨日まで、気づいていなかった。 いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。
住宅街の階段を登り始めた。 傍らに梅の木が一本。 白い花が、静かに咲いていた。
気温は12度。 コートがちょうどいい。 北東の風が、ほんの少し頬をかすめる。 冷たいけれど、刺さらない。 それが、冬と春の違いだと思った。
一段、また一段。 登りながら、考えた。 今年の春は、どんな春にしようか。
去年の春は、焦ってばかりいた。 周りと比べて、足りないものを探して。 前を向いているつもりで、横ばかり見ていた。
でも今日、梅の花を見て思った。 梅は誰とも競わない。 自分の季節に、自分のペースで咲く。 誰かに「まだ咲かないの?」と言われても、動じない。
それでいいじゃないか、と思った。 私も、そうでよかった。
階段を登り切った。 住宅街が眼下に広がった。 梅の白が、風に揺れていた。
「いい眺めだろ?」と風が言う。 「うん」と答えた。
昔より少し、高いところに来た。 焦らなくなった。 比べなくなった。 それが、今年の春だ。
また明日も、一段ずつ。 自分のペースで、登ればいい。