
「登ってごらん」
風が言った。
住宅街の角に、梅が咲いていた。
空は青かった。
コートがちょうどいい、13度の午後。
光がまっすぐ、差してくる。
私は、空を見上げた。
思えば、いつも下を向いて歩いていた。
次の一歩が怖かった。
間違えたくなかった。
だから、立ち止まることが多かった。
でも今日は、登れる気がした。
一段目。
梅の香りがする。
二段目。
少し、景色が変わる。
三段目。
空が、広くなる。
「どこへ行くの?」
風が聞く。
「明日へ」
即答した。
梅の花びらが、一枚落ちた。
まるで、背中を押すように。
ここまで来た。
長い道のりだった。
いくつも迷った。
いくつも諦めかけた。
でも今、ここから見える景色は。
昔の私が想像していたより、ずっと明るい。
風が笑う。
「信じてよかったでしょ」と。
うん、信じてよかった。
明日も、きっといい日になる。
そう思いながら、また一段。
登っていく。