
「急がなくていいよ」と、風が言った。
今日の東京は曇りのち晴れ。
気温は13度。
コートがちょうどいい。
そういう日だった。
階段の下に立った。
見上げると、踊り場の先が霞んでいる。
そこまで行けば、景色が変わる気がした。
一段目。
足が少し重い。
昨日の疲れが残っている。
二段目、三段目。
いつもより、ゆっくり登った。
それでいいと思った。
途中で立ち止まった。
どこからか、梅の香りがした。
見回すと、白い花。
咲いていた。いつの間にか。
昔の私は、ここで立ち止まらなかった。
息を切らして、一気に登っていた。
急いで、上を目指していた。
でも今は、違う。
風が吹いた。
「今日の私は何を目指してるの?」と。
春を、探しに行くんだ。
そう思って、また登り始めた。
一段ずつ。
焦らずに。
頂上に着いたとき、空が少し明るくなっていた。
雲の切れ間から、光が差してきた。
風が最後に言った。
「ゆっくり登った日ほど、景色はきれいだよ」と。
そうかもしれない、と思った。
今日もちゃんと、一段登れた。