
風が言った。 「今日は、特別な日だよ」と。
曇り空。18度。 雨上がりの空気が、やわらかく満ちている。
住宅街の石段を、登り始める。 ゆっくりと。 一段。また一段。
焦らなくていい。 そう言い聞かせながら、足を進める。
登りながら、考える。 去年の今頃、私はどこにいたんだろう。 あのとき悩んでいたことが、今はもう遠い。 あのとき決めたことが、今日の私になっている。
途中で立ち止まる。 息を整えて、振り返る。 歩いてきた路地が、細く長く続いている。 こんなに来たんだ。 しみじみと、思った。
再び、上を向く。 風が吹く。コートの裾が揺れる。
「もう少しだよ」
そう言われた気がして、また歩き出す。
段を登り切ったとき、空が開けた。 曇っているのに、明るい。 春の光がやわらかく、あたりに満ちている。
今日、桜が開花したらしい。 誰かに教えてもらって、空を見上げた。
そうか、開花の日か。
風が言う。 「あなたも今日、また一段上がったね」と。
そうかもしれない。 小さな一段。でも確かな、一段。
これからも、自分のペースで登っていく。 急がなくていい。 桜みたいに、自分の時間で。