
「行くの?」と風が言った。
雨の路地に立っていた。 透明の傘を持って。 路面が光っていた。
階段が見えた。 濡れている。 滑りそうだった。
それでも、足が動いた。
一段目。冷たい。 二段目。濡れている。 三段目。でも、止まらない。
春分の日。気温は低い。 肌寒いはずなのに、体の中が熱かった。
昔の私は、雨の日に動かなかった。 傘が面倒。靴が濡れる。 「晴れてから行けばいい」 いつも後回しにしていた。
でも今日、違う。
雨でも、行く。 濡れても、行く。 前が見えなくても、行く。
階段を半分登ったとき、梅の花が目に入った。 雨の中で、静かに咲いていた。
「きれいだな」と思った。 止まらなくてよかった、と思った。
頂上に着いた。 風が少し吹いた。
「どうだった?」と風が言う。
「よかった」と答えた。
雨は、まだ降っていた。 でも、もう怖くなかった。 前へ進む理由を、見つけた気がした。