
「急がなくていいよ」 今日、風がそう言った。
4月の曇り空。 降水確率70%。 それでも、私は外に出た。
桜並木の先に、階段があった。 見上げると、花びらが舞い落ちてくる。 一枚、二枚、肩に落ちた。
「登れる?」 風が試すように聞いた。
「登る」と即答した。
一段目。 足が重かった。
二段目。 コートの裾が揺れた。
三段目。 桜の枝が、頭上を覆った。
昔の私はここで立ち止まった。 誰かより遅いから。 誰かより下手だから。 そんな理由で、諦めた。
でも今は違う。 遅くてもいい。 誰かと比べなくていい。
自分のペースで登ればいい。 それだけのことだった。
頂上が見えてきた。 桜がまだ、咲いていた。 曇り空の下でも、ちゃんと咲いていた。
風が言う。「いい景色でしょ」と。
「うん」と答えた。 声に出して、そう言えた。