
「行ってらっしゃい」と、風が言った気がした。
桜並木を歩いていた。 25度の春。 コートが少し重たい。 それでも、脱がなかった。 春の中にいたかったから。
足元に、花びらが舞っている。 散り始めた桜。 今年も、ここまで来た。
階段の前に立った。 石段が、上へ続いている。 「登るの?」と風が聞く。
「当たり前」
即答した。足が止まらなかった。
一段、また一段。 桜の花びらが頬をかすめる。 温かい。 この街の春は、いつも優しい。
昔の私は、4月が苦手だった。 変わらなければいけない気がして。 焦っていた。 周りと比べていた。
今日の私は、ただ登る。 花びらが散っていく。 でも、また来年も咲く。 私も、また歩き出す。 それだけでいい。
階段の上から振り返る。 桜並木が、白く輝いていた。
ありがとう、今年の春。 次の季節も、ちゃんと歩くから。
風が笑う。「知ってるよ」と。