春の階段―小さな幸せを、ひとつずつ

風が言った。「登ってごらん」と。

23度。 光がまっすぐ差してくる、春の午後だった。

桜並木の脇にある、石の階段。 いつも気にしていなかった、その階段を今日は登ってみた。 花びらが、段の上に積もっていた。

ひとつ。 またひとつ。 ゆっくり登る。

登りながら、考えた。 幸せって、どこにあるんだろう。 大きな出来事の中にあると、ずっと思っていた。 旅行とか、特別な日とか、誰かとの約束とか。

でも違った。

光が肌に当たる感覚。 花びらが風もないのに、ふわりと落ちる瞬間。 23度の空気が、ちょうどいい、この感じ。

全部、ここにあった。

途中で立ち止まった。 来た道を振り返る。 桜並木が、光の中で揺れていた。 もうすぐ葉桜になる。

「行ってしまうね」そう思ったら、 「来てくれてありがとう」そう聞こえた気がした。

頂上に着いた。 特別な景色は、なかった。 ただ、空が広かった。

風が言う。 「小さなことを、ちゃんと大事にできる人が一番強い」と。

階段を降りながら、また今度も登ろうと思った。 花びらが全部落ちた後も、きっとここに来る。