
「本当に、登るの?」 風がそう聞いた。
冬の階段。 グレーのヘリンボーンのコートを纏って、一段目に足をかける。 冷たい空気が頬を刺す。
登り始める。 一段、一段。 ゆっくりだけど、確実に。
昔の私は、この階段の前で立ち止まっていた。 「本当にこれでいいの?」 「間違ってたらどうしよう」 何度も何度も、自分に聞いていた。
途中で足を止める。 振り返ると、来た道が見える。 迷っていた頃の自分が、下に立っている気がした。
風が吹く。 髪が揺れる。 「まだ迷ってる?」と聞いてくる。
「ううん」 首を振る。 「もう決めた」
再び登り始める。 今度は、少しだけ力強く。
頂上に着いた。 街が広がっている。 青みがかった冬の空が、どこまでも続いている。
風が言う。 「揺らがなかったね」と。
そうだね。 迷いは、階段の途中に置いてきた。 もう拾いに戻らない。
赤いリップに、冬の風が触れた。 冷たい。 でも、心は揺らがない。